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コラム


語られなかった東日本大震災 ~Episode 14~

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『被災』

震災後から、紙面に載らない日はない、
〝被災〟という言葉。
家が流されたり、仕事を失ったり、
積み重ねてきたものが一瞬にして消えたり・・・。
大なり小なり被害を受けた人たちは、その瞬間被災者になる。

× × ×
福島県いわき市。
巨大地震から1ヶ月後、震度6の余震の震源地だ。
余震と呼ぶにはあまりにも大きい揺れは、地を割き、山を崩した。
それは、何千年と活動を休止していた断層が
3月11日の地震で刺激されたことで起きた地震だった。死者も4人出た。

4月中旬、その断層のメカニズムを解明するため、専門家と現地へと向かった。
東京から車で常磐道を走り、2時間半後にはいわき勿来インターチェンジを降りた。

取材地で目にしたのは、数kmまで伸びる地面の亀裂。
途中、山を抜けて道路を横切り、そして民家の真下を走り抜けていた。

真っ二つに引き裂かれた民家では、ちょうど家族総出で片付けをしていた。
同行したキャスターが話を聞く。
今まで僕が取材した被災地(宮城・岩手)では、
その惨劇を嘆き、悲しむ姿が目の前にあった。
気丈に振舞う人もどこかやせ我慢のような悲壮感があった。

しかし、このときは想像とは違う反応だった。
一家の主が笑いながら言う。
『いやあ宮城の人のほうが大変なんで、これくらいたしいたことないです。』

え? 40年住み慣れた我が家が壊れて、これくらい・・・?
僕は耳を疑ったが、それははっきりと(方言まじりだったが)聞き取れた。
こんな些細なことで取材されて申し訳ない・・・

実はこの後何人もの福島県民から同じ言葉を聞くことになった。
『被災地のことを思えば・・・』
驚いた。こういうものを県民性というのであろうか?

そんな福島県民でさえも、怒りをあらわにする状況が長いこと続いている。
震災から3ヶ月。いまだ収束をみないフクシマ。

宮城も、岩手も、福島も、青森も、長野も、
「被災」していることを忘れたくない。

文責:制作部 金澤佑太

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