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先輩の声

先輩の声

新井 洋亮(2018年度入社)

「映像が持つ力」

誰しも映像に心動かされたことがあると思う。私は2009年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝戦、優勝を決定づけるイチロー選手の勝ち越しタイムリーを放った瞬間だろうか。観客の大歓声と実況アナウンサーの興奮した声、そこに混ざり合うように私も無意識に大声をあげていた。そんな私と対照的なイチロー選手のクールな表情は、今でも私の脳裏にしっかりと焼き付いている。

もともとテレビが大好きだった私は、迷うことなく大学で映像制作について学ぶことを選んだ。そう、映像制作は幼い頃からの夢。ところが、思わぬところで大きな壁にぶち当たった。何を隠そう、就職活動中のことである。インターネットが急速に普及する一方で、テレビは「オワコン」「マスゴミ」なんて揶揄されている。決して人に影響されるタイプではないが、正直に言うと悩んだ。

でもなぜ、私が映像制作を諦めなかったのかと言うと、結局のところこの答えに辿り着く。「映像」が持つ力、「映像」が持つ可能性を信じているから。映像は視聴者にさまざまな感情を植え付けてくれる。それが、イチロー選手の偉業であっても、戦争や凶悪犯罪でも、それがお笑い番組であったとしても…。私は決して、美味しいパンを作れるわけでも、直接誰かのことを守れるわけでもありません。でも、このカタチには残らない「映像」が持つ無限大の力は、何よりも深く深く、見る人の心を掴んで離さないはずだ。あの頃の私がそうであったように。

岩本 華苗(2018年度入社)

「ビビッ!ときた会社」

私がこの会社を選んだ理由は、直感的にビビッ!ときたからだ!それには理由がある。 メディア・ワンの説明会で先輩社員がこんな話をしていた。

「私は一度も『会社に行きたくない』なんて思ったことがありません。 本当に仕事が楽しいんです」

学生ながらに思った。「…そんなはずはない」と(笑)。でも、社長や先輩社員の目がキラキラしていたのは事実だった。それから数日経っても、先輩社員の言葉が忘れられず、気が付くとメディア・ワンについて調べている自分がいた(奥村社長の参考書『それでもテレビは死なない』も読破)。メディア・ワン以外にも制作会社の面接を受けたが、どこからも「この時代によくテレビ業界を選んだねぇ」という言葉ばかり。でも、メディア・ワンにそんな空気を感じることは微塵もなかった。むしろ、映像の持つ無限の可能性を信じて、映像の未来にワクワクしている人たちばかりのように見えた。これが、メディア・ワンを選んだ、最大の理由である。

学生時代、映像制作の経験が全くないことに不安を抱いていたが、入社前に行った研修(4回)がそれを払拭してくれた。教科書を使った座学から実践、そして社長や先輩社員と飲みに行くこともあり、人材教育にも力を入れていること知り、とても安心したことを覚えている。そして今思う。私も後輩ができたらこう言えるようになりたい。 「私は一度も『会社に行きたくない』なんて思ったことはありません」と。

貞本 彩(2018年度入社)

「旅して知った新世界」

私にとって学生時代は「旅」の連続でした。家族と一緒に行く「旅」。大学時代(地理と民俗学を専攻)のフィールドワークで行く「旅」。旅の目的は異なりますが、どちらであったとしても、私はその地域のことを知った気でいるのではなく、本当に理解する「旅」がしたいと常日頃思っていました。

卒業論文のテーマとして取り上げた東日本大震災の被災地である岩手県沿岸部ついて調査した時のことです。現地に入ってまず痛感したのは、6年の歳月が経ってもなお、津波の爪痕が残されていたこと。そして、被災者の心の傷が癒えているとは決して言えない状況だったことです。そこで偶然知ったのが岩手県で900年の歴史を持つ祭り「けんか七夕」。山車と山車を、大太鼓のリズムに合わせて思い切りぶつけ合う、パワフルな祭りです。その迫力に圧倒された私は一方で、被災者の表情がまるで『被災した悲しみや恐怖を忘れさせてほしい』と願っているようにも見えました。被災者にとって、この伝統的な祭りが心の拠り所となっているであろうことを、フィールドワークを通して理解することができたのです。

もともとドキュメンタリー番組が好きだったこともありますが、こうした活動をする中で、私がその地で知ったことや感じたことを、テレビを通して伝えたいと思うようになったのがメディア・ワンに入社したきっかけです。まだまだ映像技術については勉強中ですが、 一日も早く、新しい世界(映像)を一人でも多くの方に届けることができたらなと思います。

塚原 彩音(2018年度入社)

「人の心に残る映像を求めて」

ちょうど一年前…。私は『人の心に残るものをつくりたい』という思いを胸に就職活動をはじめた。テレビが大好きだったことが一番の理由だが、大学時代は管弦楽部に所属していたので、映像制作をする中で音楽を生かせればと考えていた。
そんなある日、演奏会の様子を撮影してDVDにすることが決まった。私が担当にはなったものの、映像の知識はゼロに等しかったため、全部プロにお任せ。私はどんな仕上がりになるのかワクワクするだけの気楽なもので、本番も演奏に集中できた。

それから数カ月後…待望のDVDが届いた。どんな映像が撮れているのか素人ながらに想像していたが見始めてほどなくして、ハッとなった。私たちはこの会場で、普段通りに演奏していただけなのに、なぜここまで美しく、そして格好良く見えるのだろうか。ナレーションなんて一切ない。映像からは、会場全体の雰囲気、緊張して強張る部員の表情、部員の手先の細部に至るまで、その1カット1カットに意図するものが確かにあった。これはまさしく、プロのカメラマンと編集マンが成せる技だ。私はこのDVDを通して演出の奥深さを知ったのだ。

メディア・ワンに入社した理由は、単純に「楽しそうだな」と思ったのもあるが、何よりも映像が持つ可能性や、演出の奥深さについて貪欲に追求する会社だと感じたからだ。この先、どんな壁にぶち当たったとしても『人の心に残るものをつくりたい』という思いさえあれば、私はきっと乗り越えられると信じている。

中村 健人(2018年度入社)

「私を変えた歌声」

映像ディレクターを志すと決めた私ですが、就職活動中はなかなか結果が出ず、悩みに悩んでいた時のことです。気晴らしに大学内の美術館にフラフラっと立ち寄ってみると、故・吉田直哉教授(演出家・ディレクター)の特集コーナーが組まれていました。吉田教授はNHKのディレクターとして数多くのヒット作を生み出し、この大学の映像学科開設時には主任教授を務めた人でもあります。そんなことを考えながら館内をフラフラと歩いていると…日系移民がテーマのドキュメンタリー番組を紹介するブースに辿り着きました。タイトルは「コロニアの歌声」。

1978年に放送された番組で、その年のギャラクシー賞(優秀作品賞)を受賞しました。コロニア…誰かの名前かな?なんて思いながら見ていると、日系移民のことを指すと知り、大変驚きました。それだけではありません。私にはどうしても忘れられないシーンがあります。それは、番組のタイトルにもなっている日系人女性の「コロニアの歌声」です。歌い続ける間は(おそらく)ノーカットでナレーションも一切ありませんでした。5分間ほどのシーンだったでしょうか、テレビ番組にこうした演出があると知らなかった私にとって、この5分間は映画一本に匹敵するほど実りのあるものでした。それからグルグルと館内をまわった記憶はありますが、歌声と大胆な演出が頭から離れず…。わずか5分間で人の心を動かすことができる〝映像〟〝ドキュメンタリー番組〟の奥深さを知った私は、それから間もなくして、メディア・ワンに入社することを決めました。

穐元 修平(2017年度入社)

「何かを伝える仕事がしたい」

就職するにあたり、映像業界を目指した理由はいくつかある。
報道番組やドキュメンタリー番組を作ってみたいと思ったのがひとつ。
もう一つは、偶然にも、大学の先輩(ゼミも同じ)がいたということだろうか。
そんなご縁もあり、株式会社メディア・ワンへの就職を決めた。

入社後いくつかの番組の制作に携わり、現在は報道番組のADとして働いているが、
報道のスピード感と、ヒトに物事を伝える事の難しさを、改めて感じている。
オンエア15分前に新しい情報や、映像が入ってきて、
VTRを一から作り直すなんてことは、日常茶飯事で行われている。
もちろん現場は時に混乱もする。それでも、他局に負けないスクープや映像を、視聴者にいち早く届けるため、ディレクターや編集マン、ADが一丸となって力を合わせる。
1秒たりとも遅れることは決して許されない。
この業界に入って改めて感じるのは、何かを伝えるという事にこれほどまでに熱心で、貪欲で、一生懸命な人が集まる仕事というのは見たことがないということ。もちろん、大変だと思うこともあり、辛いと感じることもある。しかし、その映像が視聴者の目に触れ、メッセージが伝わり、何かを感じたり、考えるきっかけになってくれたのであれば、それは何よりも喜ばしいことで、これに代わる達成感は決してないと思う。

伊野 航(2017年度入社)

「『なんとなく』が『間違いなく』へ」

私は大学時代、菌類(キノコやカビ)の研究をしていた。
「なんとなく変わったことをしたい」と思っただけだが、
この研究をスタートさせたのは大学4年の時。
菌類の研究は最低2年を要すると言われていたため、
大学院に進んで研究を続けるか、就職するか…正直、悩みに悩んだ。

そんなとき、「なんとなく変わったことがしたい」と思って始めたのが
「テレビ制作会社でのインターン」だ。
私は主に、スポーツの中継現場から送られてくる素材をまとめる仕事をしていた。
その日に撮った映像を、その日のうちにVTRにして放送する。
頭ではわかっていても、実際にやってみるとかなりシビれる仕事だ。

もちろん、インターンだったのでお手伝い程度の仕事しかできなかったが、
それでも独特の緊張感を味わうことができた。まさに時間との真剣勝負。
「なんとなく」ではなく「間違いなく」面白い。
その時に感じた充実感が、今の私の原動力になっている。

堤 怜奈(2017年度入社)

「未開の映像ジャングル」

右も左も、前も後ろも、表も裏もわからなかった映像制作の世界。
そんな世界に足を踏み入れることは、私にとって未開のジャングルを探検するのと同じ。
しかもそのジャングルには、ディレクターという恐ろしい動物が棲みついている。
「ディレクター=怖い」という固定概念しかなかった私にとって、それくらいの存在だった。

そして迎えた入社初日。
「無知な私はきっと怒られる」という勝手な思い込みで、
メディア・ワンという名のジャングルに入ると…

『これわかる?大丈夫?あ、何が分からないのかわからないよね(笑)
最初はみんなそうだったから大丈夫だよ』

…あれ?私の勘違い?
先輩たちは何を分からない私の心境を察するように、丁寧に教えてくれた。
そんな優しい先輩たちの人柄もあってか、仕事に慣れるのもあっという間だったと思う。
所属している番組のナレーターさんから
『堤って番組に来て、もう1年経つんだ。もっと長くいるかと思っていた』
とまで言われるようになった。そんな私ももうすぐ入社して1年…。
4月から新しい後輩たちも入ってくる。
これからは先輩になるということを頭の隅に置きつつ、毎日努力をしていこうと思う。

原 若菜(2017年度入社)

「私を変えた『映像』」

私は学生時代、社会情勢や国際協力について専攻していたため、 映像については、全くの素人同然でした。 そんな私が、なぜ映像業界に就職しようと思ったのかと言うと、 大学の授業で〝ある映像〟に出会ったからかもしれません。

そこに映っていたのは、一人の僧侶。名前はティック・クアン・ドック。 ベトナム戦争時、政府による仏教徒への激しい弾圧に対し、抗議を続けた人物です。

彼は、抗議の意味を込め、公衆の面前で、自らガソリンをかぶり、 焼身自殺を行いました。私が目にした映像は、まさにその瞬間だったのです。 焼かれてもなお、微動だにしない彼の姿に、私は言葉を失いました。 「これが現実にあったことだなんて…」 あの瞬間、私がこれまで見ていた景色が一変し、 もっともっと世界を知りたいと思うようになりました。

映像は時に、人の心を、国を、そして世界をも動かすほどの力を持っています。

今はまだ、映像の世界の門を叩いたばかりですが、 私もいつか、人の心を揺さぶるような映像を作りたい… そんな気持ちを胸に、日々邁進していきたいと思います。